春風亭一之輔さん(落語家)「命までとられるわけじゃあるまいし」インタビュー

一朝師匠のもとへ
「楽」にして、好きなことにとことんハマる

――いよいよ落語を仕事に。

一之輔氏:寄席でよく見ていた、師匠・春風亭一朝の元に入門しました。弟子がこんなこと言うのもアレですが、師匠の話すリズムや音感が気持ちよかった。音楽的な感性とでも言いましょうか、非常に耳に心地よかった。あと見た目が優しそう(笑)。怖い人はダメ。談志師匠だったら……、追っかけられて殺されてしまいそうですしね。

で、意を決したのが4月の21日。でも気が小さいから、なかなか声が掛けられない。「ああ、今日はダメだ」。翌日も、「あっちの方向に歩いていったからまた明日」、その翌日も、「雨が降った時に声をかけたら、失礼だな。また明日」と意味不明な延期を繰り返し、ようやく声を掛けることができたのは、決意して一週間後でした。

近所の喫茶店に連れて行ってくれた師匠は、やっぱり見た目通り優しく「食えないよ」「それでもやりたいかい」と諭(さと)すように意思確認してくれました。どの世界も同じでしょうが、落語もなかなか易しくない世界で、今も落語界全体で900人近くの噺家がいるわけですが、噺家のすべてが高座でお話しさせてもらえるわけではありません。ほんのひと握りです。「それでも、やりたい」という自分の腹づもりを聞いて、師匠も「じゃあ、親御さんに会おう」と。

――優しく諭してくれる……、親のような存在ですね。

一之輔氏:「酒と煙草はダメ」。師匠からは礼儀作法について厳しく言われましたけれど、それ以外はとても自由でした。また、最初に親に会った時も「今日はこれで。ではお預かりします」と言って、そのあと一緒に向かった中華屋で「じゃあ、ビール飲むか」と。俺の前ではいい。コソコソやるな。嘘だけはだめ。あぐらもかけ。「そっちの方が着物が汚れず機能的だから」と。これは大師匠である、五代目春風亭柳朝の教えでもあるんです。

ほかにも「女中になるために来たんじゃない」と言って、掃除や洗濯といった昔ながらの前座修行よりも、稽古するように言われていました。その分、落語のネタを覚えたり、映画を見たり、お芝居を見たり、本を読んだり、いろいろなものに触れる時間を、落語に役立つことをしなさいって。

ただ自由だからこその厳しさ。自分次第。時々急に「稽古してるか」と言われたりするんです。どっちがいいか悪いか、それはタイプによるのでしょうけど、自分は師匠のもとに入門できて、運がよかったと思っています。

入門してから、二ツ目、真打ちと、めまぐるしい15年でした。前座時代は、噺に関係なく「気働き」がよいと売れる。ところが、二ツ目になると、入門して4年目と15年目くらいの人間が同じ土俵に立つので、どうしたって噺が上手い人に仕事がいく。それで昇進してすぐは仕事がなくなるんですよ。

自分も2年くらい仕事がありませんでした。二ツ目になって、すぐに所帯もって、翌年子どもが生まれて、しばらくは家にいました。プレッシャーはなかったといえば嘘になりますが、辛いとか辞めようと思ったことはありませんでした。器用なことはできないので、とにかく場数を増やして、毎月勉強会をして、ネタを月二本くらい覚えていくしかないと。3年目位から、ありがたいことに周りの人がだんだんと声を掛けてくれるようになりました。

やわらかい軸で、落語の真ん中に生きる

一之輔氏: 真打も、こんなに早くなれるとは思っていませんでした。とにかく目の前のこと、いただいたご縁を繋いでいって今に至ります。会場の規模とか、そういった具体的な目標を少しずつこなしていった感じもありますが、ただ、そこに歯を食いしばるような感じはなかったですね。周りからは、別の意見もいただきましたが、気になりませんでした。

また、「お客さんにあわせる」というよりも、自分が面白いと思っていることに対して、登場人物にこう言わせようとか、自分の場合は「八っつぁんは、こう言うよな、言わないよな」などということを考えて、「楽」に楽しんでやっています。それを面白がってくださるのは、本当にありがたいですよね。これが年齢を重ねて、年々若くなるお客さんとの感覚がズレていくこともあるわけで。でも今は、それも含めて楽しんでいます。

噺家はみんなそうだと思いますが、寄席の場合は特に、袖から、客層、男女比率、年齢層などをちょっと覗きます。ウケているか、そうでもないか。そういう空気を感じながら、何を話すか決めて臨むんです。寄席には、爆笑派も、地味な人も、あえていろいろな人が出てきます。全体のバランスを考えて。間に挟んでいる時は前の流れを変えないように、次の場に進みやすいようにして。トリの時は、思いっきり笑わせる、とかね。自分の役割というのがあって。そういうのは意識していますね。

高座の外での今の自分の役割は、書籍の出版や番組出演、インタビュー取材など、お声がけいただいたらなるべく出ること。僭越(せんえつ)ながら、少しでも落語を世間に広げる窓口になれればと思っていますし、そうすることで落語の魅力が広がって、また自分も話し続けることができると思っています。

――ずっと落語を楽しむ真ん中にいたい。

一之輔氏:そうやって最後は一日一席くらいしゃべって、子どもから月三万円ぐらい小遣い貰って、「昔ちょっと売れました」なんて言って死ぬのが理想ですね。とはいえ、平均寿命をまっとうしたとしても、まだ40年近く。まだまだです。

キツいと思ったことはありませんが、ピンチのようなことはたくさんありました。台詞(せりふ)が出てこない、絶句したこともありますし。でもね、「命までとられるわけじゃあるまいし」。やりたいことがあれば「ハマって」どんどんやっていく目の前に立ちふさがる困難も、突破するよりはくるりと回って進んでいく。ちくわのような、車道にあるオレンジ色のバーみたいな、衝撃を受けてぐにゃっと曲がっても、へっちゃらな「やわらかい軸」で自由に、右に左にしながら、前に進んでいければと。

何かとあくせくしている今の世の中ですから、こういうところくらい、のんびりしてもいいんじゃないかなって思うんですよ。

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